

パニヒダ ~永眠者の記憶の祈り~
日露修好に尽くされたロシア使節ムラビヨフ艦隊乗組士官
ロマン・モフェトとイワン・ソコロフを偲んで
私共、神奈川県日本ユーラシア協会では、横浜ハリストス正教会との共催にて、以下のように「パニヒダ」(ロシア語: Панихида, 英語: Memorial service (or panikhida)、東方正教会において永眠者の為に行われる奉神礼)を横浜外国人墓地において行う予定です。
前回は2006年に行いまして、10年ぶりの開催となります。
(前回・2006年のパニヒダのページ)
横浜外国人墓地に最初に葬られたのはロシア太平洋艦隊所属のロマン・モフェトとイワン・ソコロフという海軍軍人でした。
開港後、横浜で没する外国人が増え、墓地は港近くから段々と山上へ向かっていきました。現在、観光コースとなっている丘の上は実は裏口ということになるのです。
そのことを知る人はほとんどいません。また、関東大震災までは横浜が在日ロシア人の最多の地であったことも知る人は多くありません。
また最も近い隣国ロシアとは残念ながら姉妹都市の関係はありません。日本の将来を考えれば是非ロシアの然るべき都市と横浜との姉妹都市関係を樹立したいものです。
尚、2006年のロシア人墓地慰霊祭以来、地道に続けられてきた当会の調査、提言活動が実を結び、2010年9月には、立派な墓誌が在日ロシア大使館によって横浜外国人墓地に建立され、関東大震災などで倒壊していた10基の墓碑も、モフェトとソコロフの墓の周囲に再建されました。
(改修後の墓所についてはこちらをごらんください)
今回のパニヒダでは、埋もれた歴史に光を当て、21世紀を迎えた今日、改めて日本とロシアの相互理解と親善を深める一歩としたいと思います。
当日は、横浜ハリストス正教会管轄司祭・グリゴリイ水野宏神父に執り行っていただきます。
異国の地であるこの横浜で骨を埋めることになった二人のロシア軍人に思いを馳せ、草の根からの友好を深めたいと思います。
横浜ハリストス正教会管轄司祭・グリゴリイ水野宏神父の開催の意義のメッセージ「横浜外国人墓地パニヒダに寄せて」も併せてごらんください。
記
日時:2016年11月6日(日)14:00~15:30
集合:みなとみらい線 元町中華街駅 6番口 13:45
場所:横浜外国人墓地(横浜市中区山手町96番地)・22区 ロシア軍人墓所(元町門そば)
交通:横浜市営バス 11系統、20系統「港の見える丘公園」バス停より徒歩1分
みなとみらい線 元町中華街駅 6番口よりアメリカ山公園経由で徒歩約3分
JR根岸線 石川町駅 元町口下車、元町商店街経由で徒歩約25分
参列お申し込み・お問い合わせ先:NPO法人神奈川県日本ユーラシア協会事務局
Tel/Fax 045-201-3714
E-Mail 
お申し込み締切:11月4日(金)
主催:NPO法人神奈川県日本ユーラシア協会、横浜ハリストス正教会
※当日は300円以上のご献金をお願いいたします。
永眠者の供養の為にも、多くの方々のご参列とご献金を賜りたく存じます。
式次第:
14:00 開会
14:05 主催者挨拶・来賓挨拶(予定)
14:20 横浜ハリストス正教会管轄司祭・グリゴリイ水野宏神父によるパニヒダ
及び 聖歌隊による聖歌合唱
15:00 糖飯(※)のふるまい
15:30 閉会
※中世紀の教会では、パニヒダの時に献じた糖飯(小麦またはもちごめで調理したもの)を貧しい人々に施すことにより、死者の記憶(供養)になる行為とみなされた。
以 上
横浜ハリストス正教会
司祭 グリゴリイ 水野 宏
この度、横浜外国人墓地において、最初の被葬者である二人のロシア人ロマン・モフェトとイワン・ソコロフにパニヒダを献じることができ、地元・横浜を管轄する正教会の司祭として大変光栄に存じます。
正教会は、使徒と呼ばれるキリストの弟子たちの伝統を継承してきたグループであり、世界に約二億数千万人の信徒がいます。その信徒人口のうち、ほぼ半数を占めるのがロシア人であり、ウクライナやベラルーシなど、ロシア帝国領だった地域の人々も合わせれば、七割近くに達します。
この正教会において永眠者のために捧げられる祈りがパニヒダです。永眠者が生前の罪を神に赦されて天国に安住することを祈り、かつ自分たちもまた永眠者の生前の信仰を受け継いで、将来天国において共に永遠の安息に与れるよう祈願する内容です。
その祈願を最も端的に示しているのは、パニヒダの最後に唱えられる「永遠の記憶」(ロシア語で「ヴェーチナヤ・パーミャチ」)という言葉といえます。この意味は、私たち人間の側の「故人への思い出」を指しているのではなく、神に対して「どうか永眠したこの人を、そして今祈っている私たちをも、永遠に覚えていてください」ということです。
ロマンとイワンの死から二年後の1861年、函館のロシア領事館付きの司祭としてニコライ・カサーツキン(後の大主教)が来日しました。彼は日本に正教会を創立し、神田のニコライ堂をはじめ、多くの聖堂を日本全国に建て、聖書やその他の祈りを日本語に翻訳し、最後は明治45年に日本の土となりました。そのニコライの宣教の甲斐があって、多くの日本人がロシア人と同じ信仰に帰依することができたわけです。
その意味において、ロマンとイワンの二人が非業の死を遂げ、横浜に葬られたことは単なる一事件ではなく、むしろ日露交流が前進していくうえでの重要な礎だったと言えるでしょう。
今回のパニヒダを通して、ロマンとイワンの永遠の安息のみならず、将来の日露交流の益々の発展を祈ってやみません。
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